大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)8825号 判決

原告

久保鐵男

被告

池田茂雄

主文

一  被告は、原告に対し、金四一三万二九〇五円及びこれに対する平成四年二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金八五五万〇一五一円及びこれに対する平成四年二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、信号により交通整理の行われていない交差点において普通乗用自動車同士の衝突があつたことから、その一方の所有者が他方の運転者を相手に物損についての損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  本件事故の発生

事故の日時 平成四年二月二九日午前一一時二〇分ころ

事故の場所 埼玉県和光市下新倉二四六番地先交差点(以下「本件交差点」という。)。同交差点付近の状況は、別紙交通事故現場見取図(以下「別紙図面」という。)のとおりであり、朝霞方面から板橋方面に進行する側に一時停止の標識が設置されている。

加害者 被告(加害車両運転)

加害車両 普通乗用自動車(大宮七七せ八八二三)

被害車両 原告所有の普通乗用自動車(練馬三三ま三三二三)

事故の態様 原告が被告車両を運転して本件交差点を練馬方面から戸田方面に向かつて進行中に、本件交差点内において、朝霞方面から板橋方面に進行してきた被告運転の加害車両の前方が、被害車両の左側面と衝突した。

事故の結果 被害車両は破損した。

2  責任原因

被告は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

三  本件の争点

1  原告の損害額

(一) 原告

(1) 車両損害 五九九万二九五八円

原告は、被害車両を八二〇万円で購入後、三カ月で本件事故に遇い、平成四年七月にこれを一九〇万円で売却したから、購入価格と売却価格の差である六三〇万円が損害額である。なお、被害車両は、購入後一六〇〇キロメートルしか走行していない上、四〇万円相当のAMG部品等を装着してたから、本件事故当時の価格の認定に当たつては、右購入価格を減額すべきでない。車両損害の額は、少なくとも修理見積額四六一万二九五八円と評価損一三八万〇〇〇〇円(被害車両は、本件事故によりシヤーシーが曲がつてしまう程度の破損を受け、機能的にも欠損を生じたため、修理費の三割程度商品価値が下落した。)の合計額を下らない。

(2) 代車料 一八五万七一九三円

原告は、美術品の取引や、入院中の原告の父親の見舞い等のため昼となく夜となく病院に行くため代車が必要であり、平成四年三月五日から同年五月一七日まで七三日間三〇〇E型ベンツを借り受けた。代車料は、一日当たり二万四七〇〇円に消費税を加えた額である。

(4) 弁護士費用 七〇万〇〇〇〇円

(二) 被告

(1) 車両の損害額

被害車両の本件事故当時の時価額は六五五万円であるから、車両の損害額は、同金額と売却価格一九〇万円の差額である四六五万円を超えるものではない。

(2) 代車料

原告は、被害車両を営業・通勤等に使用しておらず、私用のみに用いていたから、代車の必要性を否認する。仮に、その必要性があるとしても、日額二万円の三〇日間を限度とすべきである。

3  過失相殺

(一) 被告

被告は本件交差点の手前で一時停止して安全確認し、右側に駐車車両があつたため、さらに進行して安全確認したが、原告が被害車両を減速することなく時速四〇キロメートルのまま本件交差点に進入したため本件事故が生じた。右事故態様を考慮すると四割の過失相殺を、仮に被告の一時停止が不完全であつたとしても三割の過失相殺を、主張する。

(二) 原告

原告は、本件交差点の手前数メートルの道路左側に二台の車が駐車していたことから徐行して対向車線に出、左右を確認した上で本件交差点に進入したが、被告は、加害車両の前面にスモツクを張つてこれを運行し、一時停止の標識を無視して、時速五〇キロメートル以上で、かつ、ブレーキ操作をすることなく本件交差点に進入したため、本件事故が生じたものであり、被告の一方的な過失によるものである。

第三争点に対する判断

一  原告の損害額

1  車両損害

当事者双方とも、被害車両の本件事故当時の価格から本件事故後の被害車両の売却代金一九〇万円を控除した額をもつて本件事故による被害車両の車両損害の額とすべきことを主張しており、右控除後の金額と修理見積額との差額は、いわゆる評価損が現実となつたものとして現実の損害と評価するとができるから、当裁判所も、右方式により車両損害の額を認定することとする。

甲一七、二二、二四の1、2、二五の1、乙五によれば、原告は、平成三年九月二六日に被害車両を購入し、翌二七日に自動車登録をしたこと、右購入に当たり、被害車両の新車基準価格は七八五万円であつたが、特別仕様による費用や付属品の購入価格を付加して九〇〇万二一五〇円となり、同価格から七六万円の値引きを受けて、原告は、被害車両を八二四万二一五〇円で購入したこと、原告は、本件事故に遇うまで被害車両を三六九四キロメートル走行させていたが、平成四年六月三〇日に新たに乗用車を購入した後、同年七月七日に被害車両を修理未了のまま一九〇万円で売却したこと、本件事故による修理の見積額は四六一万二九五八円であること、平成三年度登録の被害車両と同一車両(ただし、新車価格が七八五万円の場合)の平成四年四月における価格(レツドブツクによる価格)は六五五万円であることが認められる。

このように被害車両は特別仕様車であることから、本件事故当時の価格は、右レツドブツクによる価格によるものではなく、同価格を基準として比例により算定するのが相当であり、

「X:655万=824万2150:785万(ただしXは求める値)」の数式から計算すると、被害車両の本件事故当時の価格は六八七万七二〇七円と認められる。原告は被害車両購入直後の事故であることから購入価格によるべきことを主張するが、前認定のとおり、原告は被害車両購入後本件事故に遇うまでの間に、五カ月間、三六九四キロメートルを走行しているのであつて、その時間の経過や走行距離に照らし、右主張を採用することができない。

そうすると、被害車両の本件事故当時の価格である六八七万七二〇七円から原告の売却代金一九〇万円を差し引いた四九七万七二〇七円が被害車両の車両損害の額となる。

2  代車料 〇円

甲二三、原告本人によれば、原告は、無職でボランテイア活動に従事していること、被害車両を同活動のために使用することはなく、専ら私用に用いていること、原告は、本件事故後、被害車両と同車種のベンツ三〇〇Eを平成四年三月五日から同年五月一七日まで七三日間借り受け、その代車料は、一日当たり二万四七〇〇円に消費税を加えた額である一八五万七一九三円となることが認められる。原告は、美術品の取引や、入院中の原告の父親の見舞い等のため昼となく夜となく病院に行くため代車が必要であつたと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

そうすると、原告は、被害車両を営業やボランテイア活動等に用いていたものではなく、日常生活に使用していたとしても、車両使用が不可欠であるということができず、代車使用の必要性を認めるのが困難である。原告は、加害車両の保険会社の担当者が代車使用を容認したと主張するが、仮に右事実があつたとしても、そのことにより代車使用の必要性が肯認されるものではなく、右代車料一八五万七一九三円支出による損害は、本件事故と相当因果関係はないというべきである。

二  過失相殺

1  甲六ないし八、二一、原告、被告各本人に前示争いのない事実を総合すると、

(1) 別紙図面のとおり、本件交差点には、被害車両が進行した練馬方面から浦和方面に向かう方向以外の三方向ともいずれも一時停止の標識がある。また、練馬方面から本件交差点に向かう道路と朝霞方面から本件交差点に向かう道路の角には斉藤商事の建物が存在しており、いずれの道路からも他方の道路の状況が分からない状態となつている。特に、本件事故のあつた時は、練馬方面からの道路の本件交差点に向かう車線には、交差点の手前にトラツクなど二台の車両が駐車しており、視界が妨げられていた。

(2) 原告は、被害車両を時速約四〇キロメートルで運転し、練馬方面から浦和方面に向かつたが、本件交差点の手前の前示自車線上の駐車車両を避けるため若干減速して対向車線に入り、その後特段の減速をすることなく、左右を確認しながら本件交差点に進入した。

(3) 被告は、朝霞方面から本件交差点に進入しようとしたが、その前に一時停止の標識に従つて加害車両を停止させて左右を一応確認した。そうすると、練馬方面からの道路上に駐車車両があつたため、加害車両を少し走行して再度停止し、左の方を確認したところ車両がなかつたことから、右方の確認をしないまま本件交差点に進入したところ、被害車両と衝突した。衝突時における加害車両の時速は約一〇キロメートルである。

(4) 両車両の衝突の状況は、加害車両の前部が被害車両の左側運転席(被害車両は左ハンドルである。)後部から後部左側座席にかけて直角方向に衝突したというものであり、被害車両は、別紙図面のとおり、衝突の衝撃で本件交差点通過後浦和方面に向かう道路上でほぼ一回転し、その前部で道路際の花壇を破損した後、停止した。これにより、被害車両は、左の前部及び後部のドア、センターピラー、左ロツカーパネル等の交換や前部の修理を要する等の損傷を受けた。

以上の事実が認められる。

原告は、被告が一時停止することなく本件交差点に進入したと主張するが、〈1〉被告は、事故直後の警察からの事情聴取から始まり、被告本人尋問の供述に至るまで一貫して一時停止したと供述しており、本件事故直後に原告の求めにより現場に駆けつけた磯貝隆の車両内において原告と被告が示談交渉したときも、一時停止標識を無視したとは供述していないこと(証人磯貝隆の証言により認める。)、〈2〉原告は、書面(甲二六)により、本件事故直後の加害車両のギアが三速に入つていたと説明するが、本人尋問においては、左上(すなわち一速)に位置していたとも供述していて暖昧であり、この点を認める的確な証拠がないこと、〈3〉原告は、本人尋問において、ヤナセの技術担当等に質問したところ、加害車両の時速が五〇キロメートル以上でないと被害車両のような被害状況にならないとの回答を得たと供述するが、どのようなデータに基づく意見であるのか不明である上に、被害車両も相当の速度で走行していたことから、加害車両が時速一〇キロメートルの速度で衝突したとしても加害車両に前示の損傷を来すことも考えられるところであり、右回答に依拠して加害車両の速度を認定することができないこと等からすれば、原告の右主張は採用することができない。

2  前認定の事実によれば、原告は、時速四〇キロメートルを若干下回る速度で対向車線から減速することなく本件交差点に進入しているのであり、原告側道路に駐車車両があつたことを斟酌すると、見通しのきかない交差点に進入するに当たつての徐行義務を尽くしたということができず、その過失が本件事故の原因の一となつていることは明らかである。他方、被告も、一時停止の標識に従つて二度にわたつて停止したものの、前示の衝突の態様からすると、右方の確認を著しく欠いて本件交差点に進入したものというべきであり、その過失が本件事故の重大な原因となつていることも明らかである。そして、両者の過失を比較考量すると、損害賠償の額を算定するに当たつては、右原告の過失を斟酌して二割五分を減額するのが相当である。

3  右過失相殺後の原告の損害額は、三七三万二九〇五円である。

三  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金四〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の被告に対する本件請求は、金四一三万二九〇五円及びこれに対する本件事故の日である平成四年二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

交通事故現場見取図

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例